Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

上に昇ってから見る

人と関わっていると、接触が生まれることもある。

もちろん喧嘩するというわけではないけれど、「ん?なんか違う・・・」と思うことも出てくる。不快に感じることも出てくる。人はそれぞれ違うのだから当然といえば当然。

そんなとき、どうするか。

本人に直接言うほうがいい場合もあるけれど、人との喧嘩が生まれるときって大抵はつまらないことが原因だったりする。

それは、他人の喧嘩を見るとわかる。

子供みたいやな~と思うことが多くて、部外者としては笑ってしまうようなことなんだけど、本人たちは真剣に怒っていたりする。

だから自分が当事者になりかけたときも、同じように外から見てみればいい。いや、上に昇ってから俯瞰するといったほうが適切かも。

これは、良い人にならないといけない、大人にならないといけないという意味ではない。


自分の貴重な時間とエネルギーをどうでもいいような小さなことに費やさないための方法なんだ。

生かされていることに感謝の気持ちを持ったら、大切な時間を無駄にしたくないと思えてくる。

震災から3年。
犠牲になった人もいれば、未だに不安を抱えながら生きている人たちもいる。

それを考えたら、自分は恵まれているなぁと思う。

時間を大切に、笑顔で過ごせる時間がたくさんできればいいなと思う。


P.S. ニコニコのりのパッケージを見て少し温かい気持ちになれました。
スポンサーサイト

これからは知の時代

ここ数年は、いろんな生き方をしている人との出会いがあった。

会社に勤める人が大多数だとすると、それ以外の生き方をしている人との出会い。

少し泥臭くも見えるんだけど、会社に縛られずに収入を得て生きていこうとする姿勢からはすごくエネルギーをもらえる。

そして、何に価値があるのかを常に考えさせられる。

これから日本の通貨である円の価値は下がっていくと思う。安倍さんが無制限の金融緩和をしたり外貨購入ファンドのようなものを作ろうとしているから。

なので、円貯金を増やしたところで安心できなくなるんじゃないかな。

海外のお金持ちはいろんな資産を持っている。たとえば、土地やマンションなど。

それは通貨の価値が下がることをわかっているからだと思う。


では、どんな準備が必要なのか?

お金があればいろんなものを買っておけばいいのかもしれない。

そこまでお金のない者は、恐慌が来たとしても求められる人材になっておく必要があるのではないだろうか。

語学を学ぶ理由はそんなところにもある。もちろん、コミュニケーション能力としての語学を。

だから、今こそ日本人も語学が必要なんじゃないだろうか。


失望のエネルギー

失望するとエネルギーが湧くことがある。


私が大学に入学して間もない頃、授業に失望した。

予備校に1年通った後に感じたつまらない内容。

なぜかといえば、予備校の講師のほうが教える内容のレベルが高かったから。しかも、わかりやすく、こちらの興味を惹きつけるような教え方をしてくれた。おかげで、暗い予備校生活ではなく、勉強が楽しくて仕方ない毎日を送れた。

その後だったので、大学の教授の教える内容がつまらなかった。内容自体は高度なことを教えてるんだろうけど、淡々と授業を進める姿に失望したんだと思う。学生の反応を無視しているようで。
あ~この先生、10年前と変わらない授業をしてるんだろうなと思った。

浪人して入った大学だけど辞めたいと思ったくらい。結局は、サボれるだけサボるという学生生活を過ごして卒業した。

でも、私のように妥協できない人もいる。

同じ1年生で理学部の生物学科と地球科学科に1人ずつ私と同じように失望した子がいた。

そのうち1人は途中から学校にすら来なくなった。

聞くところによると、この2人は他の大学の医学部を受験して受かり、そのまま医学部に行ったらしい。
大学に在籍しつつ受験勉強するという隠れ浪人。なかなか上手くいくことがないと思っていたんだけど、知識への思いが強かったんだろうなぁと思った。
同じ高校のクラスメイトも、地元の教育大に入ったけど、その後受験し直して神戸大に行ったそう。


仕事を辞めた後とか、今の現状に満足していないときというのは、実は自分の内側でエネルギーがくすぶっている状態ではないだろうか。

集中して何かを勉強できる機会なのかもしれない。

失望というと、マイナスのイメージがあるけれど、そのエネルギーを良い方向に向けることだってできるんだ。

考え方次第で。

高田純次な生き方も悪くない

学生の頃、屋久島に行ったことがある。

姉と姉の友人2人の合計4人で。

海辺のキャンプ場に3日間泊まるというので、荷物が増えるんだけど、私は缶詰やカップラーメン、チーズなどの非常食を持って行った。

しかし、他のメンバーは持ってきていなかった。(。-_-。)

私ひとりだけデカいカバンだったので、ネタになっていた。

姉曰く、「キャンプ場だからコンビニくらいあるんじゃない?」とのこと。


実際に行ってみたら、地元の小さな商店しかなかった。

しかも、夕方5時には閉まり、土日は休み(^_^;)

私たちは金曜日に着いたので、3日間食糧を買えずに過ごした。

なので、私の持っていった非常食で乗りきった。

姉の友人たちには「○○ちゃん、えらいよね~。ちゃんと考えてて」と褒められたo(^-^)o


海は綺麗だし楽しかったけど、かなりひもじい思いをして過ごした。

でも、姉にとってはあまりひもじかった思い出はないらしい。
ダイエットできてよかったわ~と言っていた。

今気づいたんだけど、姉って、我が家の高田純次だったのかも。。

橋下市長

橋下バッシングが起こっている。


慰安婦問題に対して無責任な発言をしたのだから当然なのかもしれない。


ただ、マスコミが一斉に政治家の発言を批判し出したときは、裏で誰かが糸を引いている可能性も否定できない。


鉢呂大臣の発言のように、今回もマスコミによって発言の一部だけ切り取られて、意図しない形で伝わっている可能性もあるから。


そもそも、マスコミの信頼性って震災以降はかなり低くなっている。そのマスコミの書くことをそのまま受けとっていいものか。


橋下市長は、大阪の弁護士会から“品位を損なう発言をした”という理由で懲戒免職請求を受けた。


これは、アメリカの訴訟社会に近づいたのではないだろうか。
とりあえず訴える権利があるから訴えているように思える。


市長職をリコールするならまだしも、弁護士という市長とは全く関係のない資格を責めるのはどうかと思う。


薬剤師だったら、薬剤師の資格を剥奪されたのだろうか。



それに、発言という実体のないものに対して抗議が起こっているけど、市民にとっては発言よりももっと害のあることがあるのではないだろうか。


今回の件で、慰安婦問題が世の中に知れ渡り、国民一人一人が考える機会になった。


戦争と性が密接に関わっていることが明らかになった。


貧困と戦争が売春を生み出していることが悲劇だと思う。


地球上の男女の数が同じなら、買春なんてしなくていいのにと思う。


普通に恋愛をして、パートナーとして付き合えば、男女ともに幸せになれるんじゃないかな。


世の中から戦争と貧困がなくなるとしたら、売春はなくなるのだろうか。

「死」という言葉

ネットを徘徊していると、

「あいつら○ねばいいのに」

というような書き込みを見かけることがあら。

特に、若い世代ほど気軽にこの言葉を使っているような気がする。


誰かに対して怒りの感情が湧いたとしても、けっして使ってはいけない言葉だと思う。


怒りの感情があるなら、なぜそんな気持ちになったのかを考えればいい。

他人の行為によって何か災いが生じたとする。

自分では防ぐことが出来なかったことなら、相手に対して腹立たしい気持ちにもなる。

その事実が、今から変えられる内容なら変える努力をすればいい。

今さら変えられないとしても、負の感情を持ち続けることは自分にとってマイナスになる。

だから、次への教訓を得たと思えばいい。

そして、怒りの感情を持つ時間は極力減らさないといけない。



なぜなら、その感情が自分の健康を蝕むから。

実際に、金銭問題で揉めて「悔しい、悔しい」と思い続けて膵臓癌に罹った人を知っている。

そのくらい、感情は身体に影響するということ。

ネットで汚い言葉を目にするたびに、日本人の良さが失われていっているようで残念な気持ちになる。

迷い

迷いがあると行動できないんだと思う。

以前、ゲームプログラマーになりたいという友人がいた。
独学で学ぼうとしていた。

でも、なりたいという気持ちは強いのに、なぜか勉強する気になれないと言っていた。

客観的に見ると、実は好きじゃないんじゃない?と思ってしまう。

ただ、本人は悩んでいる。


他にゲームプログラマーを目指して専門学校に通ったけれどゲームプログラマーになるのを諦めた友人がいたので、こんな人がいるんだけどどうアドバイスしたらいいかなと聞いてみた。

すると、諦めたほうがいい、と即答された。

それは、実体験から出てきた意見。

本当に好きなら、他人が止めたところで、毎日プログラムを弄ってしまうもの。勉強なんて自発的に進んでしまうもの。

悩むということは、そこに迷いや計算が入り込んでいるということ。

進めないというのは、ただ行動に移していないだけ。

行動に移せば、何であれ結果が得られる。

結果を知りたくないから行動しない。行動を先延ばしにする。

なんだか、耳の痛い話だったけど、諦めたほうの友人は行動したことで自分には向いていないということがわかったんだ。


結果よりも、行動(過程)のほうが大事なんだなぁ。

そして、もっと大事なのは心が先に動くということ。

なりたい気持ちを意欲に変えて、ワクワクした気分を出していく。


好きなことなら、エネルギーなんて要らないんだ。ただ、自然に身体が動くんだ。

力を抜くということ

現代に生きてると、何もしていなくても自然と肩に力が入ってしまうことがある。


ましてや仕事をしていればなおさら。



たとえば、友人の中に常に力が入っている子がいた。

何をするにも全力。ネットゲームでさえ。

口ぐせは「~のほうがより価値的」(^_^;)

言葉の使い方は置いておくとして、
側で見ている方としては、どうしてもっと楽に考えないんだろう~と思っていた。

しかも、年中「ダイエット!」と言いながら自分にムチを打っているタイプ。

普段はやたらと食のカロリーを気にして、ダイエットコーラを飲み、緊張が切れた時には甘くて濃厚なミルクココアを何杯も飲む。

カロリーなんてただの目安なのに・・・


何かおかしいと思いつつその子のことは忘れていたんだけど、YouTubeで安保徹さんの動画を観たときに思い出した。

交感神経が優位な時間が続いたあとはリラックスして副交感神経を優位にする必要がある。

そうしないと、人間の身体は自分の身体に対して攻撃するようになり、身体がボロボロになってしまう。


今思えばその子は交感神経が常に優位だったんだなぁ。

必要のないところにまで力を入れていたから。

話しても分かり合えなかった。考え方の根底に性悪説があったんだと思う。

何もしていないのは悪と考えるタイプ。

では私はというと、私もたまにそういう考えに陥ることがある。

何かしていないと時間がもったいないと感じてしまう。

もっと有意義に使わないとと焦る気持ちが湧いてくることがある。

生きている意味を考えてしまう。



では、何も生み出さないのはいけないことなんだろうか?


そんなことはないと思う。


猫はそんなこと考えないだろう。

ただ美味しそうなものをくれそうな人のところにすり寄っていき、もらえたら幸せなひとときを過ごす。

あとは、温かくて天気の良い日に昼寝をする。

あ~気持ちいいな~と感じながら一生を過ごすんだ。


人生は短い。

だから、いろんなことをしたいと思うのもひとつの考え。

短いんだから焦っても仕方ない。あまり時間を気にせず、楽に生きようじゃないかというのもひとつの考え。


平均寿命の半分くらいまできた今、力を抜く生き方にシフトしようと思う。

半分まで生きられたことに感謝して、これからは一日=24時間という考え方をやめようと思う。

一日は48時間だ~(*^^*)

完璧を求めない生き方




普段、トルコ人に対して不満を感じていたんだけど、今日は別の視点からトルコ人のことを考えた。


ようやく冬が終わりに近づいて、苺が店に並ぶようになったo(^-^)o

そこで、今年始めて苺を買った。
1キロあたり170円くらい。やっぱり安い。

で、持って帰って、すぐに洗って食べてみたんだけど、なかには傷んでいたり腐っているものがある。見過ごして食べてしまうと「ああぁ・・」と後悔してしまうことになる(^_^;)

よく考えてみたら、トルコではスーパーでもマーケットでも果物や野菜の中に一定の割合で傷んだものが入っている。

日本でなら返品するところだけど、こちらでは「しまった、ちゃんと見なかった自分が悪いなぁ。次からよく確認しよう」という気持ちになる。

もしくは、「運が悪かったなぁ」と思う。

苺の場合は、おじさんがスコップで入れてくれるので自分で選ぶことが出来ない。運なんだ。

もちろん日本で売られている果物や野菜の中にも傷んでいるものはあるけど、ほとんどは見切り品として値段が下げられるわけで、扱いが変わる。


トルコ人は小さい頃から、お店に傷んだ果物や野菜、腐った肉が売られていることを知っているから、完璧を求めないんだと思う。

生きているものは傷んでいる可能性がある。

だから、諦められる。


日本では、製品は完璧でなければならない。

だから、防腐剤をたくさん使う。

スーパーで買ったばかりの肉が腐っていることなんてほとんどない。

トルコでは、夏にはかなりの確率で腐った肉が売られている。

買うのが怖くなるくらい。



どっちが良いかといえば、日本だと思う。

いつも一定の品質が保たれているというのは、安心感につながる。


でも、売る側は絶えず緊張していなければならない。


これは、全てのサービス業にもいえる。

そして、人の生活全般にもつながっているんじゃないかな。


日本では、みっともない格好で外に出てはいけません、と親に言われて育つ。

みっともない生き方をしてはいけないと言われ、ニートになるとあまり外出できなくなる。
近所の眼が怖いので。


でも、トルコでは無職の男性でも平日の昼間から堂々と外に出てカフェでお茶している。

それで周りから変な眼で見られることはない。

変な人がいっぱいいるからかもしれない。

たぶんトルコ人的には、一定の割合で無職の人がいるのは当たり前という認識があるのかもしれない。

そして、完璧に触れる機会が少ないからかもしれない。



日本にももっと、小汚いけれど100円くらいで飲める安いカフェがたくさんできたらいいなと思う。

民家の軒先にテーブルと椅子を置いただけのカフェでもいい。


そして、ニートが昼間からカフェにやってきて、のんびりしている風景なんて、なかなかいいんじゃないだろうか。

感情と頭脳

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

未だに東北では避難生活を余儀なくされている人たちや被曝しながら原発の収束作業に携わっている人たちがいるということを忘れずに今年も過ごしたいと思います。

大きな地震が起こりませんように。

---------------

youtubeを見ていた時にこんな話が出てきました。

2グループに映画を観てもらい、そのうち片方のグループには感情を抑えて観てもらうようにしたそうです。

観終わった後に複雑な数学のテストを実施したところ、感情を抑えたグループの成績のほうが圧倒的に悪かったそうです。

そのスピーカーによると、

「感情を抑えると意志決定力が消失する」んだそうです。


自分のうちから湧いてくる感情は大切にしないとなぁと思いました。

続きを読む

Appendix

Recent Trackbacks

Profile

 south

Extra

いまなんじ?

プロフィール

 south

Author: south

最新記事

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

読書カレンダー

本棚

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

ユーザータグ

相田みつを   

検索フォーム

QRコード

QRコード

フリーエリア

Free PDF to TXT converter
PDFZila

なかなか便利です。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。