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新年

新しい年を迎えた。


今年の抱負は、「良い言葉を使おう


これは今年に限ったことではないかな。ずっと持ち続けたいスタンス。

たまに、道を外してしまうことがあるかもしれないけれど。


言葉は自分を作るんだと思う。

汚い言葉を発したら、自分の心が荒むわけで良いことは何もない。

私は一生無宗教だと思うけど、仏教の道徳心は持ち続けたい。





洗脳原論という本を読んだ。

なぜトルコに来る日本人女性が簡単にトルコ人に騙されるのか、が知りたくて。

昨年は友人から聞こえてくる話に驚かされることが多かった。

そこで思ったことがある。

日本人は生まれながらにしてある種の洗脳状態にあるのではないか、と。
もちろん私も含めて。

誰かとある程度親密になったら断れない(断りにくい)のが日本人。

断るときでも、まずは相手のことを考えてどうしたら傷つけずに断れるかと考えてしまう。

その心遣いは、同じ価値観の者どうしの間では必要だけど、全く違う文化の国では通用しない。

むしろ、悪用されてしまう。

トルコはイスラムの国。
近代化してきているとはいえ、まだまだ男尊女卑が激しい。女性の地位は低い。

日本人とトルコ人は、水と油くらいに価値観が違う。

日本の価値観でひょっこり出かけていったら、簡単に口車に乗せられて騙されかねない。

普通、アメリカ人とかスペイン人とかなら怒ってすぐに立ち去るであろう場面でも、日本人女性は断ることなく、嫌な顔をせずに話し続ける。で、最終的に恋愛モードになりかけてお断りした時点でそのトルコ人男性は逆ギレするというパターン。もちろん、一部の日本人女性の話なんだろうけど。

これは日本で育ったからではないだろうか。

和を乱してはいけないと教えられて育ったから。

だから、トルコに行こうと思ってる女性はまず日本の価値観を捨てるべきだと思う。

和は乱して当たり前。そんなものトルコには始めから存在しない。
興味のない人から話しかけられても相手にする必要はない。時間の無駄だから。
自分が少しでも不快だと感じたらその場を去るべし。
興味のない人には笑顔を振りまかない。
トルコ人は見栄を張るためなら嘘をつく。

これがトルコの常識。

日本にいる感覚で知らない人にも笑顔を見せていたら、簡単に落とせる女だと勘違いされる。

こう書くと、まるで鉄の女みたいに聞こえるけれどトルコ人女性を観察してみるとよくわかる。
見知らぬ男性に声をかけられて笑顔で応える人なんていない。

スーパーのレジにいる女性店員もぶっきらぼう。まるで、ここは共産圏かと思うくらい。


そう思うと、コンビニでさえ笑顔で接客してくれる日本はなんて心地良い国なんだろう。
マニュアルだから笑顔でサービスしてるんだろうけど、それでもやっぱり笑顔はいいなぁ。
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まだいてます

まだトルコにいます。

前回の記事を読み返していて、我ながら殺伐としたものを感じました^^;

知らないことに遭遇したら、まずはあのような反応をするしかなかったんだろうなぁとも思うのですが・・・


最近は、トルコの富裕層の生活をかいま見る機会に恵まれているので、また違った心境でいます。

トルコの富裕層は、人口のたった5%だそうです。

ということは、残りの95%はその富裕層のリッチな暮らしを羨ましがっている人たちということでしょうか。

もしくは、そんな贅沢な生活があるということすら知らずに平和に過ごしているか、羨ましがらずに自分の身の丈を知ってそれなりに生活を楽しんでいるのでしょうか。

私だったら自分の経済に見合った生活を楽しみますが、トルコには金持ち日本人(西欧人も?)を捕まえてリッチな生活を味わいたいという単純な発想をする人もいます。

こちらでは弁護士ですら日本のOLより収入が低いので。

貧しい人が金持ちになるのはなかなかできない国です。

大学に行くにもお金が要る。頑張って良い大学を出ても資産家のようなお金持ちにはなれない。



といっても、トルコのお金持ち(資産のある人たち)というのは本当にお金持ち。

大阪のミナミの繁華街のようなところにアパートを持っている人がいます。

そして、昨日そのアパートを見る機会がありました。

60歳くらいのダンディーなおじさんの家でした。ファッション関係の仕事をしているだけあっておしゃれな服装をしていました。

30歳くらいの娘さんがいるのですがもう家を出ているとのこと。

ちなみに、そのときは奥さんはいなかったのですが、もし離婚しているならトルコの女性は放っとかないだろうな~なんてことを友達が話していました。


部屋の中は、まずリビングが広い!
そして、ソファーが大きくて、すごく居心地の良い空間でした。

もちろん置いている家具もおしゃれ。

キッチンもアイランドキッチンで、レストランの厨房にあるような換気扇のフードもありました。

いるところにはいるんだなぁと実感しました。お金持ち。


帰る前にトイレを借りたのですが、トルコにしては珍しくジャグジー付きのバスタブがありました。

内装は、バスルーム全体は白を基調にしていて、備品はターコイズブルーで統一されていました。

お金持ちだからといって見せびらかすわけでもなく、普通に生活しているといった感じのおじさんでした。

トルコのお金持ちが必ず持っているアイテム、iPadももちろんありました。

トルコの実態

最近、トルコ人の悪い面ばかり見ている気がする。

絨毯恋愛詐欺師とまではいかなくても、観光地にはそれに共通する気質のトルコ人男性がウヨウヨいるようだ。

その特徴とは、短時間の間に手のひらを返したように態度が変わること。

日本人から金が取れるうちは愛想を振りまき、取れないとわかった途端に冷たくなる。

この態度のギャップにどれだけショックを受けたことか。
ムカついて終わるならまだいいほうで、短時間の間にいきなり態度が変わる人に出くわすと、人間不信(トルコ人不信)になりそうになる。


先日、ドンドルマの店員に声をかけられた。
日本人を見つけるとすぐに声をかけてくるのが観光地のトルコ人。いきなり友達のように話してきて握手まで求めてきた。

しかし、私が値段を聞いた後、高いな~と思いしばらく考えていたら、愛想のよかった店員はいきなりアイスの蓋をかぶせ始めて「finish」と言った。今日はもうお終いだと言い出したのだ。

店員ですらこのような態度。道でナンパや客引きをしてくるトルコ人男性はもっとタチが悪い。

声をかけてきては、職業や年齢、未婚かどうかについて聞いてくる。観光客か、学生か、仕事で来ているかどうかも。

トルコ人の女性には絶対に聞かないようなことを平気で聞いてくる。

外国人なら聞いてもOKだと思っているようだ。

だから、親日派だからトルコ人は親切だと思っていたら詐欺師に遭うことになる。

よく考えてみれば、これは仕方ないのかもしれない。

観光地にいるトルコ人のほとんどは小学校しか出たことのないトルコ人男性。

客観的に物事を考える習慣がないんだと思う。

見た目は近代化した国でも人々の精神はまだまだ近代化できていないのかもしれない。

そして今日は、手押し車で資源ゴミを回収しているジプシーの男の子(歳は中学生くらい)にからまれかけた。

近所を歩いているときによく「アブラ~(お姉さんの意味)」と声をかけられていたのだけど、関わりたくなかったので無視をしていた。

そして、今日もいたので帽子を目深にかぶり通り過ぎようとしたら、その男の子ともう1人のジプシー少年がこっちに近づいてきて、動物の鳴き声の真似をし出した。

聞いていないフリをして通り過ぎたのだけど、やっぱり怖かった。

ただ遊んでいるだけならいいんだけど、これが度を越していつか犯罪に発展しないだろうかと考えてしまった。

外出するときはポケットに携帯を入れておいて、いつでも警察を呼べるようにしておかなければと思った。


トルコ人男性にハマる日本人の話を聞くけれど、私の周りの日本人の間ではトルコ人男性の評価はかなり低い。

お金持ちトルコ人は別として、一般に出会うトルコ人を見ていると、何故日本でトルコ人男性のイメージが良いのか未だにわからない。

あけましておめでとうございます

みなさんにとって良い年になりますように。


避難生活を強いられている人々が少しでも落ち着いて暮らせるようになりますように。


ryuu



-----


昨日、大掃除をした。

思い切って洗濯機で毛布を洗ってみた。

すると、毎年冬になると寝起きに鼻が詰まっていたんだけど、今朝は鼻が詰まらなかったのだ。

犯人は毛布だったのか・・・


うーん、こんなことならもっと早く洗っておくべきだった。

最近は毛布洗い用の洗剤もあるし、洗濯機も毛布モードというものがある。便利になったなぁ。


大掃除といえば、まだ完璧には片付いていないんだけど大量に洗濯したおかげか気が抜けてしまって何もする気が起こらない。不要なモノを捨てるというのは意外に快感だなぁ。o(^-^)o


今日は姉と電話で喋った。クリスマスに出産予定だったのにまだ生まれていなくて暇にしていた。お腹の子は3700グラムにもなるらしい

背後で3歳の姪っ子の泣き声が聞こえてきて微笑ましかった。


3児の母である妹からは年賀状が来ていた。

子供3人が仲良く遊んでいる写真が入っていて微笑ましかった。

lisa1
(写真を載せるわけにはいかないので代わりに↑)

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メリークリスマス

30過ぎた辺りからクリスマスを祝わなくなったが、やっぱりこの日は「人に優しく」を意識している。


寒い季節、少しの心遣いであったかくなるもの。


母がご飯作りをめんどくさがっていたので、私が作ってみた。



今日の晩ご飯のテーマは「ローフード」(^^;


大根と人参を千切りにして、玉ねぎをスライスにして、それぞれ別々にボールに入れた。


「お母さん、今日は焼肉にしよっか」と言ったら、母は喜んでいた


が、焼いたのは牛肉のみf^_^;)


あとは、3種類のサラダ。



料理ちゃうやんー!とツッコミが来そうですが、この時期の健康を考えると理にかなっているとも言える。




一旦喜んだものの予想外のものが出てきたからか、母は何も言わず、焼肉と大根と人参のサラダを食べていた。



玉ねぎは苦かったみたいで人気がなかったなぁ。





こういう時、結婚してなくてよかったとつくづく思う。

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英語が出来る?

翻訳をしていると「英語の出来る人」と見られることがある。



母に至っては
「ちょっと英語をかじったからって、海外どこへでも行けると思ったらあかんよ!」
と言われたことがある。(実際そんなこと思ったことはないんだけど…(-.-;))



そもそも、「出来る」ってどういうことなんだろう。


語彙力が豊富なことだろうか?


聴く能力だろうか?


相手の言っていることを瞬時に理解する能力だろうか?



だとしたら、辛うじてあるといえるのが語彙力。といっても、ある専門分野の単語に限られるわけで生活の中のコミュニケーションに必要な語彙力はほとんどない。



そもそも、英語は出来る出来ないという対象になるんだろうか?



生きていく上で必要ならば、文法が間違っていようが単語を並べるだけであろうが意思表示しようとするはず。



それで意思が通じたら「出来る」ことになるんだろうか。



アメリカに行けばホームレスだって英語を話す。



言葉ってそういうものなんだ。



語学を習得するのに必要なのは机の上で勉強することではない。


意思が通じなくて悔しい~という経験じゃないかな。



海外旅行については、必要最低限の言い回しを覚えておけばいい。



それよりも大事なのは情報だと思う。



それぞれの国には文化や歴史、タブーがある。



平等という概念のない国もあるし女性の地位が低い国もある。さらに国という概念のない国もある。



そんなところに行くのに、英語力があるから大丈夫と考える人なんていないんじゃないかな。



世の中というのは人の心理で動いているんだと思う。



快、不快が基準なんだ。


不快の度を超すと戦争が起きる。



それを避けるために語学を習得するんだ。



相手の国の言葉を話すだけで距離がグッと近づくからね。



見えてくる世界も広がる。




「出来る出来ない」で判断しようとする母との間に距離を感じた。

温かい


派遣の仕事が終わった。。。


(主に通勤(-.-;)が)疲れたーという思いと同時に寂しいな~という思いがある。


みんな気楽に話しかけてくれた。それに事務員さんたちはホントに良い表情をしている。笑顔がいいのだ。



会社ですれ違うときに何気ない言葉をかけてくれることがあるんだけど、そんなとき緊張感が消えていくのを感じる。



本当に些細なことなんだけど、そんな小さなことから居心地の良さが生まれるんだなぁと思った。


温かさは小さなことから生まれるのかもしれない。

見えないもの


普段、人と比べるということをせずに生きている私もたまに他人を意識することがある。



それは、誰かに比べられたとき。



結婚しているかとか、どんな仕事についてきたかとか、恋人がいるかとか何かの指標が話題になったとき。



そういうとき、自分って平凡やな~と思ってしまう。



ひとくくりにされて、誰かと同じと分類されると。



でも、心の何処かでそういうことに抵抗を感じている。



人って、何かの指標で似ているということは言えても、それは一部であって大半は全く違う生き物なんだと思う。



たとえば、心。
当たり前なんだけど、志や意識の持ち方はみんな違う。



それを職業や属している場所でひとくくりにこうと見なすことなんてできない。



今の会社には研究者がいるけれど、あまり実験をせず出張ばかり行っている人もいれば、一人で黙々と何かしている人もいる。



考えていることや思考方法なんて全く違う。



なのに同じ職業というだけで、端からは同じように見られることが多いんじゃないかな。



だから、人と接するときはその人が楽しんでいるかとか志に向かって進んでいるかとか、肩書きになっていないものや見えにくいものを尊重したい。

ほこり

久しぶりに部屋の掃除をしている。



棚の上に載せていたものを降ろして、黒い布で拭いてみたら



出るわ出るわ…



棚だけじゃなくモノの上もすごい!
ランプの傘だったりオーディオだったり。カーテンレールや壁についている木(名前はあるのかな?)の上も。



細かい埃が積もってるんだ。



毎日こんな中で寝ていたのかと思うとぞっとする


んだけど、忙しい時って何も出来ないからね。



派遣の仕事が終わったら、モノを3分の1に減らそう。



津波に流されたと思って処分しよう。



福井で原発事故が起こって避難せざるを得ない状況を想像してみよう。



捨てても困らないものは案外たくさんあるんじゃないかな。

正しさ


残念なことだけど、どこの国も原発事故や放射能漏れが起これば同じ行動を取るんだと思う。



YouTubeで、チェルノブイリのかけはしの野呂さんが被曝している子供が摂るべき食事について話していた。



果物などから酵素を摂ること。


酸化した油を避けること。



チェルノブイリから療養に来た子供たちはミカンをひたすら食べていたそうだ。



脳や身体が酵素を欲していたんだ。



本によると、低線量内部被曝では、放射線が細胞膜中で活性酸素を発生させるらしい。そこからいろんな疾患が引き起こされる。



だからいつも以上に生のものが食べたくなるのかも。



私もたまにミカンを大量に食べる。



そう言えば、2歳と3歳の甥っ子たちも1人5個ぐらいずつミカンを食べて野菜ジュースを何杯も飲んでいた。



関西なので放射能被曝のせいというわけじゃない(と思う)けれど、今の日本では安全な野菜や果物が減ってきているんだと思う。




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