Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

完璧を求めない生き方




普段、トルコ人に対して不満を感じていたんだけど、今日は別の視点からトルコ人のことを考えた。


ようやく冬が終わりに近づいて、苺が店に並ぶようになったo(^-^)o

そこで、今年始めて苺を買った。
1キロあたり170円くらい。やっぱり安い。

で、持って帰って、すぐに洗って食べてみたんだけど、なかには傷んでいたり腐っているものがある。見過ごして食べてしまうと「ああぁ・・」と後悔してしまうことになる(^_^;)

よく考えてみたら、トルコではスーパーでもマーケットでも果物や野菜の中に一定の割合で傷んだものが入っている。

日本でなら返品するところだけど、こちらでは「しまった、ちゃんと見なかった自分が悪いなぁ。次からよく確認しよう」という気持ちになる。

もしくは、「運が悪かったなぁ」と思う。

苺の場合は、おじさんがスコップで入れてくれるので自分で選ぶことが出来ない。運なんだ。

もちろん日本で売られている果物や野菜の中にも傷んでいるものはあるけど、ほとんどは見切り品として値段が下げられるわけで、扱いが変わる。


トルコ人は小さい頃から、お店に傷んだ果物や野菜、腐った肉が売られていることを知っているから、完璧を求めないんだと思う。

生きているものは傷んでいる可能性がある。

だから、諦められる。


日本では、製品は完璧でなければならない。

だから、防腐剤をたくさん使う。

スーパーで買ったばかりの肉が腐っていることなんてほとんどない。

トルコでは、夏にはかなりの確率で腐った肉が売られている。

買うのが怖くなるくらい。



どっちが良いかといえば、日本だと思う。

いつも一定の品質が保たれているというのは、安心感につながる。


でも、売る側は絶えず緊張していなければならない。


これは、全てのサービス業にもいえる。

そして、人の生活全般にもつながっているんじゃないかな。


日本では、みっともない格好で外に出てはいけません、と親に言われて育つ。

みっともない生き方をしてはいけないと言われ、ニートになるとあまり外出できなくなる。
近所の眼が怖いので。


でも、トルコでは無職の男性でも平日の昼間から堂々と外に出てカフェでお茶している。

それで周りから変な眼で見られることはない。

変な人がいっぱいいるからかもしれない。

たぶんトルコ人的には、一定の割合で無職の人がいるのは当たり前という認識があるのかもしれない。

そして、完璧に触れる機会が少ないからかもしれない。



日本にももっと、小汚いけれど100円くらいで飲める安いカフェがたくさんできたらいいなと思う。

民家の軒先にテーブルと椅子を置いただけのカフェでもいい。


そして、ニートが昼間からカフェにやってきて、のんびりしている風景なんて、なかなかいいんじゃないだろうか。
スポンサーサイト

現代の修行僧

翻訳者って現代の修行僧なんじゃないだろうかという気がしてきた。

独身なら特に1人の時間が長いわけで。

黙々と仕事をする。

たまに原文という鞭に打たれながら。

で、修羅場が終わったら、抜け殻のように眠る。

で、起きてきたら、またブツブツと念仏を唱えるように独り言を言いながら仕事に取り組む。

雑念が払えない限りは、なかなか進まないけど、雑念が消えた後はなぜかサクサク進む。

質の良さ

トルコに来てみてわかったこと。

日本は比較的質の良いもの(人やサービスも?)に囲まれている。

だから、質が良いことに気づきにくい。

それが、ひとたび海外に出るとすごく実感できるようになる。

例えば、日本はレストランでも値段に関係なくそこそこ美味しい。

これが、トルコの場合は逆になる。

値段が割高な割に美味しくなくて失望させられることが多い。店内の内装は豪華なのに中味が伴っていないことがある。付いてくるチーズには大概カビが生えている。

自炊したほうが、まともで安くて美味しいものが食べられる。

サービスについても、ガッカリさせられることが多い。食べている途中なのに下げようとしたり、食べている周りをウロウロ歩かれたり(どうも早く下げたいらしい)。
これについては、ウェイターの時給が安いからかもしれない。こちらの大卒者はけっしてウェイター職には就かないわけで。

トルコ人との付き合いも難しい。

やたら詮索してきたり、(ルームメイトが)アパートのネット回線を切ったりと、大人としてあり得ない行動をとってくる。

嫌なら出て行けばいいんだけどね。
強制的にトルコに住まわされているわけではないので。


日本にいるときは、こんなにインターネットの発達した時代になんで戦争が起きるのだろうと思っていた。


ネット電話を使って各国の首脳が話し合えばいいのに、と。
戦争はコミュニケーションのとれなかった時代のものだから、と。

でも、その考え方には盲点があったのだ。


どの国の人も日本のようにほとんどの人が高校以上の教育を受けているわけではない。

たとえ教育を受けていたとしても、その人の親が小学校しか出ていなかったら、価値観に影響を受けているわけで、どうしても幼稚な行動をとってしまう(全員ではないんだけど)。


すると、同じ目線で話しているつもりでも相手は全く違うことを考えているということが起こる。

シリアの内戦がなかなか解決しないのも、お互いが自分の目線で主張を押し通そうとするから。

便利な世の中になったけど人の精神が追いついていないんだと思う。

今の日本は暗いニュースが多いけど、人やサービス、教育の質だけは誇れるんじゃないかな。

もし○○だったら

大人になるにつれて、いろんなことが行動しにくくなっているような気がする。


朝起きて、“今日はこれをしようかな”とか“○○に行こう”と思ったとする。


でも、時間が経つにつれて面倒くさく感じたり「もし雨が降ったら、もし混んでいたら」というふうに何か理由を探して自分に言い訳をして結局行動できずに終わることが多い。


そんなとき、「なんでこんな簡単なことが出来なかったんだろう」と情けなくなる。


腰が重いとはこのことなのか。


行動しなかった理由を考えてみた。

⒈ エネルギーがない。
寒かったり、ご飯をしっかり食べてなかったりして、身体が行動するのを拒否しているんだと思う。
そんなときは、身体を温めたりシャワーを浴びて体調を整えてみる。

⒉ 大して重要ではない。
ふと思い立ったことというのは、自分にとってそれほど重要でないことのほうが多い。
ただ、行動してみて「やってよかった」と感じることが多い。頭で考え過ぎている証拠。考える前に行動することも大事なんじゃないかなと思った。


朝に感じた気持ちを行動に出来ないのは、何となく寂しい。



子供の頃のことを思い返すと、思い立ったことはその場で実行していたような気がする。

そこには躊躇というものがなかった。

「まずトイレに行って、歯磨きをしてから、その後で○○しよう」なんてわざわざ考えなかった。

そういう枝葉ばかりが頭に浮かんでくる今は、昔よりも賢くなったんだろうけど、退化してる部分があるんだろうなぁ。


マイナス面を探す癖をやめよう。

コーヒーはほどほどにしよう(私の場合、カフェインの摂り過ぎでマイナス思考になるので)。

Appendix

Recent Trackbacks

Profile

 south

Extra

いまなんじ?

プロフィール

 south

Author: south

最新記事

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

読書カレンダー

本棚

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

ユーザータグ

相田みつを   

検索フォーム

QRコード

QRコード

フリーエリア

Free PDF to TXT converter
PDFZila

なかなか便利です。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。