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「死」という言葉

ネットを徘徊していると、

「あいつら○ねばいいのに」

というような書き込みを見かけることがあら。

特に、若い世代ほど気軽にこの言葉を使っているような気がする。


誰かに対して怒りの感情が湧いたとしても、けっして使ってはいけない言葉だと思う。


怒りの感情があるなら、なぜそんな気持ちになったのかを考えればいい。

他人の行為によって何か災いが生じたとする。

自分では防ぐことが出来なかったことなら、相手に対して腹立たしい気持ちにもなる。

その事実が、今から変えられる内容なら変える努力をすればいい。

今さら変えられないとしても、負の感情を持ち続けることは自分にとってマイナスになる。

だから、次への教訓を得たと思えばいい。

そして、怒りの感情を持つ時間は極力減らさないといけない。



なぜなら、その感情が自分の健康を蝕むから。

実際に、金銭問題で揉めて「悔しい、悔しい」と思い続けて膵臓癌に罹った人を知っている。

そのくらい、感情は身体に影響するということ。

ネットで汚い言葉を目にするたびに、日本人の良さが失われていっているようで残念な気持ちになる。

迷い

迷いがあると行動できないんだと思う。

以前、ゲームプログラマーになりたいという友人がいた。
独学で学ぼうとしていた。

でも、なりたいという気持ちは強いのに、なぜか勉強する気になれないと言っていた。

客観的に見ると、実は好きじゃないんじゃない?と思ってしまう。

ただ、本人は悩んでいる。


他にゲームプログラマーを目指して専門学校に通ったけれどゲームプログラマーになるのを諦めた友人がいたので、こんな人がいるんだけどどうアドバイスしたらいいかなと聞いてみた。

すると、諦めたほうがいい、と即答された。

それは、実体験から出てきた意見。

本当に好きなら、他人が止めたところで、毎日プログラムを弄ってしまうもの。勉強なんて自発的に進んでしまうもの。

悩むということは、そこに迷いや計算が入り込んでいるということ。

進めないというのは、ただ行動に移していないだけ。

行動に移せば、何であれ結果が得られる。

結果を知りたくないから行動しない。行動を先延ばしにする。

なんだか、耳の痛い話だったけど、諦めたほうの友人は行動したことで自分には向いていないということがわかったんだ。


結果よりも、行動(過程)のほうが大事なんだなぁ。

そして、もっと大事なのは心が先に動くということ。

なりたい気持ちを意欲に変えて、ワクワクした気分を出していく。


好きなことなら、エネルギーなんて要らないんだ。ただ、自然に身体が動くんだ。

力を抜くということ

現代に生きてると、何もしていなくても自然と肩に力が入ってしまうことがある。


ましてや仕事をしていればなおさら。



たとえば、友人の中に常に力が入っている子がいた。

何をするにも全力。ネットゲームでさえ。

口ぐせは「~のほうがより価値的」(^_^;)

言葉の使い方は置いておくとして、
側で見ている方としては、どうしてもっと楽に考えないんだろう~と思っていた。

しかも、年中「ダイエット!」と言いながら自分にムチを打っているタイプ。

普段はやたらと食のカロリーを気にして、ダイエットコーラを飲み、緊張が切れた時には甘くて濃厚なミルクココアを何杯も飲む。

カロリーなんてただの目安なのに・・・


何かおかしいと思いつつその子のことは忘れていたんだけど、YouTubeで安保徹さんの動画を観たときに思い出した。

交感神経が優位な時間が続いたあとはリラックスして副交感神経を優位にする必要がある。

そうしないと、人間の身体は自分の身体に対して攻撃するようになり、身体がボロボロになってしまう。


今思えばその子は交感神経が常に優位だったんだなぁ。

必要のないところにまで力を入れていたから。

話しても分かり合えなかった。考え方の根底に性悪説があったんだと思う。

何もしていないのは悪と考えるタイプ。

では私はというと、私もたまにそういう考えに陥ることがある。

何かしていないと時間がもったいないと感じてしまう。

もっと有意義に使わないとと焦る気持ちが湧いてくることがある。

生きている意味を考えてしまう。



では、何も生み出さないのはいけないことなんだろうか?


そんなことはないと思う。


猫はそんなこと考えないだろう。

ただ美味しそうなものをくれそうな人のところにすり寄っていき、もらえたら幸せなひとときを過ごす。

あとは、温かくて天気の良い日に昼寝をする。

あ~気持ちいいな~と感じながら一生を過ごすんだ。


人生は短い。

だから、いろんなことをしたいと思うのもひとつの考え。

短いんだから焦っても仕方ない。あまり時間を気にせず、楽に生きようじゃないかというのもひとつの考え。


平均寿命の半分くらいまできた今、力を抜く生き方にシフトしようと思う。

半分まで生きられたことに感謝して、これからは一日=24時間という考え方をやめようと思う。

一日は48時間だ~(*^^*)

完璧を求めない生き方




普段、トルコ人に対して不満を感じていたんだけど、今日は別の視点からトルコ人のことを考えた。


ようやく冬が終わりに近づいて、苺が店に並ぶようになったo(^-^)o

そこで、今年始めて苺を買った。
1キロあたり170円くらい。やっぱり安い。

で、持って帰って、すぐに洗って食べてみたんだけど、なかには傷んでいたり腐っているものがある。見過ごして食べてしまうと「ああぁ・・」と後悔してしまうことになる(^_^;)

よく考えてみたら、トルコではスーパーでもマーケットでも果物や野菜の中に一定の割合で傷んだものが入っている。

日本でなら返品するところだけど、こちらでは「しまった、ちゃんと見なかった自分が悪いなぁ。次からよく確認しよう」という気持ちになる。

もしくは、「運が悪かったなぁ」と思う。

苺の場合は、おじさんがスコップで入れてくれるので自分で選ぶことが出来ない。運なんだ。

もちろん日本で売られている果物や野菜の中にも傷んでいるものはあるけど、ほとんどは見切り品として値段が下げられるわけで、扱いが変わる。


トルコ人は小さい頃から、お店に傷んだ果物や野菜、腐った肉が売られていることを知っているから、完璧を求めないんだと思う。

生きているものは傷んでいる可能性がある。

だから、諦められる。


日本では、製品は完璧でなければならない。

だから、防腐剤をたくさん使う。

スーパーで買ったばかりの肉が腐っていることなんてほとんどない。

トルコでは、夏にはかなりの確率で腐った肉が売られている。

買うのが怖くなるくらい。



どっちが良いかといえば、日本だと思う。

いつも一定の品質が保たれているというのは、安心感につながる。


でも、売る側は絶えず緊張していなければならない。


これは、全てのサービス業にもいえる。

そして、人の生活全般にもつながっているんじゃないかな。


日本では、みっともない格好で外に出てはいけません、と親に言われて育つ。

みっともない生き方をしてはいけないと言われ、ニートになるとあまり外出できなくなる。
近所の眼が怖いので。


でも、トルコでは無職の男性でも平日の昼間から堂々と外に出てカフェでお茶している。

それで周りから変な眼で見られることはない。

変な人がいっぱいいるからかもしれない。

たぶんトルコ人的には、一定の割合で無職の人がいるのは当たり前という認識があるのかもしれない。

そして、完璧に触れる機会が少ないからかもしれない。



日本にももっと、小汚いけれど100円くらいで飲める安いカフェがたくさんできたらいいなと思う。

民家の軒先にテーブルと椅子を置いただけのカフェでもいい。


そして、ニートが昼間からカフェにやってきて、のんびりしている風景なんて、なかなかいいんじゃないだろうか。

現代の修行僧

翻訳者って現代の修行僧なんじゃないだろうかという気がしてきた。

独身なら特に1人の時間が長いわけで。

黙々と仕事をする。

たまに原文という鞭に打たれながら。

で、修羅場が終わったら、抜け殻のように眠る。

で、起きてきたら、またブツブツと念仏を唱えるように独り言を言いながら仕事に取り組む。

雑念が払えない限りは、なかなか進まないけど、雑念が消えた後はなぜかサクサク進む。

質の良さ

トルコに来てみてわかったこと。

日本は比較的質の良いもの(人やサービスも?)に囲まれている。

だから、質が良いことに気づきにくい。

それが、ひとたび海外に出るとすごく実感できるようになる。

例えば、日本はレストランでも値段に関係なくそこそこ美味しい。

これが、トルコの場合は逆になる。

値段が割高な割に美味しくなくて失望させられることが多い。店内の内装は豪華なのに中味が伴っていないことがある。付いてくるチーズには大概カビが生えている。

自炊したほうが、まともで安くて美味しいものが食べられる。

サービスについても、ガッカリさせられることが多い。食べている途中なのに下げようとしたり、食べている周りをウロウロ歩かれたり(どうも早く下げたいらしい)。
これについては、ウェイターの時給が安いからかもしれない。こちらの大卒者はけっしてウェイター職には就かないわけで。

トルコ人との付き合いも難しい。

やたら詮索してきたり、(ルームメイトが)アパートのネット回線を切ったりと、大人としてあり得ない行動をとってくる。

嫌なら出て行けばいいんだけどね。
強制的にトルコに住まわされているわけではないので。


日本にいるときは、こんなにインターネットの発達した時代になんで戦争が起きるのだろうと思っていた。


ネット電話を使って各国の首脳が話し合えばいいのに、と。
戦争はコミュニケーションのとれなかった時代のものだから、と。

でも、その考え方には盲点があったのだ。


どの国の人も日本のようにほとんどの人が高校以上の教育を受けているわけではない。

たとえ教育を受けていたとしても、その人の親が小学校しか出ていなかったら、価値観に影響を受けているわけで、どうしても幼稚な行動をとってしまう(全員ではないんだけど)。


すると、同じ目線で話しているつもりでも相手は全く違うことを考えているということが起こる。

シリアの内戦がなかなか解決しないのも、お互いが自分の目線で主張を押し通そうとするから。

便利な世の中になったけど人の精神が追いついていないんだと思う。

今の日本は暗いニュースが多いけど、人やサービス、教育の質だけは誇れるんじゃないかな。

もし○○だったら

大人になるにつれて、いろんなことが行動しにくくなっているような気がする。


朝起きて、“今日はこれをしようかな”とか“○○に行こう”と思ったとする。


でも、時間が経つにつれて面倒くさく感じたり「もし雨が降ったら、もし混んでいたら」というふうに何か理由を探して自分に言い訳をして結局行動できずに終わることが多い。


そんなとき、「なんでこんな簡単なことが出来なかったんだろう」と情けなくなる。


腰が重いとはこのことなのか。


行動しなかった理由を考えてみた。

⒈ エネルギーがない。
寒かったり、ご飯をしっかり食べてなかったりして、身体が行動するのを拒否しているんだと思う。
そんなときは、身体を温めたりシャワーを浴びて体調を整えてみる。

⒉ 大して重要ではない。
ふと思い立ったことというのは、自分にとってそれほど重要でないことのほうが多い。
ただ、行動してみて「やってよかった」と感じることが多い。頭で考え過ぎている証拠。考える前に行動することも大事なんじゃないかなと思った。


朝に感じた気持ちを行動に出来ないのは、何となく寂しい。



子供の頃のことを思い返すと、思い立ったことはその場で実行していたような気がする。

そこには躊躇というものがなかった。

「まずトイレに行って、歯磨きをしてから、その後で○○しよう」なんてわざわざ考えなかった。

そういう枝葉ばかりが頭に浮かんでくる今は、昔よりも賢くなったんだろうけど、退化してる部分があるんだろうなぁ。


マイナス面を探す癖をやめよう。

コーヒーはほどほどにしよう(私の場合、カフェインの摂り過ぎでマイナス思考になるので)。

アプリの良さ、盲点

iPod touchを愛用してます。
Appleのアプリは便利だと思います。

翻訳会社からメールが来ると、すぐに着信音で知らせてくれます。

まるで携帯のようです。

おかげで、来たメールにすぐに返信することができて助かってます。


昨日は、納品後の受領メールが来て着信音が鳴っていたのですが、重要なメールではないと思って件名だけ見て中身を見ませんでした。
そして、なぜかその後にまた同じような件名のメールが来ました。これも同じ受領メールだと思って見なかったのですが、実はこれは仕事の依頼メールでした(( _ _ ))..zzzZZ

しかも、そのことに気づかずにそのメールを一日以上も放置してしまいました。

翻訳会社さんとの信頼関係が壊れるかもしれない事態を招いてしまいました。

在宅の仕事はメールでのやりとりがメインなので、特に気をつけなければいけないのに。


アプリは便利だけど、使い方を間違うと怖いなぁと思いました。

最近

ブログから離れてるなぁと思ったので、気分転換に手書き文字アプリを使って今日の気持ちを表現してみました。


トルコでも、冬場は果物が少し値上がりします。

それでも日本の値段と比べると安いです。

なので、毎日りんごとみかんを食べてます。

昨日八百屋さんに果物を買いに行ったとき、思っていたよりも高かったので、確認のためおじさんに「何キロ?」と尋ねたら、「こっちに見に来な」と言って量りで量って見せてくれました。

結局、おじさんが合っていました。

おじさんを疑ってしまって申し訳なくなりました。

ちなみに、みかんとりんごを合わせて3.8キロ買いました。約400円。
高く感じたけど、日本では考えられないくらい安いです



ボロボロになるまで働くかっこよさ

いつからか、夜遅くまでボロボロになりながら働いているサラリーマンのおじさん達がかっこいいなぁと思うようになった。

全力で働いている人は、見た目はボロボロに疲れ切っていても、中身が充実しているんじゃないかな、と。


最近仕事を再開して、私自身、エネルギーが枯渇しかけることがあるんだけど、そんなとき、ボロボロになって働いているおじさん達のことを思い出す。

もちろん、仕事オンリーではだめだと思う。

人生いろんなことを経験しないとなぁとも思う。

でも、仕事(お客さん)を大切にする気持ちはずっと持っていたい。

今日は部屋の掃除ができていなくても、プライベートが充実してなくても、何かやり忘れていたことがあっても、とにかく仕事が充実していたらいいんだと思える。

仕事ってお金のためだけじゃないんだなぁ。

自分の芯を作ってくれて、人と人との関わりをもたらしてくれるものなんじゃないかな。

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